ノー霊感!寺生まれのTさんの徒然日記

お金がない!でも進学したい!そんな寺生まれの学生がお金目当てで始めたブログです。

【心理学ネタ】日本心理学史と福来友吉と超心理学

なんまんだぶ、なんまんだぶ。

 

こんばんは!🌆

 

寺生まれのTさんです。

霊感はありません。

 

今日も今日とて心理学検定の問題集を片手の勉強に勤しんでいましたが、ちょっと気になるネタがあったのでブログの記事にしてみようと思い、ネットで少し深めに調べて見ました。

 

心理学検定 公式問題集 2017年度

心理学検定 公式問題集 2017年度

  • 作者: 日本心理学諸学会連合心理学検定局
  • 出版社/メーカー: 実務教育出版
  • 発売日: 2017/03/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
 

 

 

今回は、日本の心理学史に登場する福来友吉(ふくらいともきち)について、ピックアップしてみたいと思います!

 

 

福来友吉って誰よ?問題集と基本ワード集を見てみると…

まず、彼を知ることになったきっかけである、『心理学検定 公式問題集 2017年度』と『心理学検定 基本キーワード 改訂版』に載ってあることを箇条書きで書いていきましょう。

 

心理学検定 基本キーワード[改訂版]

心理学検定 基本キーワード[改訂版]

 

 

  • 東京帝国大学(今の東大!)で元良勇次郎(日本最初の本格的な心理学者!)のもとで催眠を研究し学位を取得
  • 助教授として変態心理学Hな心理学ではない。異常心理学といって、臨床心理学の前身とも言えるもの)を教えていた
  • 明治末期には『催眠心理学』を出版し、臨床心理学の発展を背負う人物となった
  • 元良の死後、透視や念写などの、「超心理学」という分野にのめり込み、自身の著書として発表したところ問題になり、大学の職を失う
  • 福来の事件があったため、日本の臨床心理学研究ではその後しばらく心身が健康な被験者のみを対象とする傾向が強まり、臨床心理学の発展が遅れることとなった

 

うおおお…

なかなかのクセモノですね…

 

SFであるあるなのが、「学会を追放されたマッドサイエンティストが社会に復讐する」てやつですけど、なんかそれに近い感じ。

この人の場合は復讐してないけど。

 

ここで一つ疑問。

福来が超心理学に没頭したのはともかく、なんでそれが大学を辞めるきっかけになったんでしょう…?🤔

 

福来に何があった!?コトバンクで調べてみた!

大学のレポートではWikipediaは使えないので、このブログでもWikipediaは原則使用しない主義でいきます。

 

そこで、コトバンクで調べてみました!

kotobank.jp

 

日本大百科全書(ニッポニカ)』がわかりやすくまとめているので、引用します。

東京帝大助教授のとき、1910年(明治43)から御船千鶴子(みふねちづこ)(1886―1911)らについて透視・念写の実験的研究を始め、1913年(大正2)『透視と念写』を著し、それらが事実であると発表した。

しかし、大学での研究に適さないとの理由で休職を命じられ、引き続き退職、のち、心霊研究を進めるとともに宣真(せんしん)高等女学校校長、高野山(こうやさん)大学教授を歴任、仙台で死去。

小学館 『日本大百科全書(ニッポニカ)』

 

なるほど。

透視や念写に関する研究が学術的に評価されなかったんですね…🤔

 

研究に対する姿勢は欧米のそれと比較しても遜色なかったと言いますが、当時の心理学のメインストリームから大きく離れていたことが評価されなかった原因でしょうか

 

…?

引用記事に、「御船千鶴子」のリンクがありますね…

踏んでみましょうか。

kotobank.jp

 

その中でも、『朝日日本歴史人物事典』の記述を見てみましょう。

 

義兄清原猛雄に精神修養を勧められ,深呼吸を続けて無我の境地に入る訓練を繰り返しているうちに透視能力に開眼。

明治42(1909)年ごろから千里眼の噂が広まり,翌年京都帝大の今村新吉,東京帝大の福来友吉が熊本を訪れ,さまざまの実験を試みた。

東京日日新聞』などが大きく報道して評判を呼び,井上哲次郎らの立ち会いのもとに公開実験が東京で行われ,金属製の筒に収めた文字の透視に成功したが,44年1月18日重クロム酸カリを飲み,翌日死亡した。

朝日新聞出版 『朝日日本歴史人物事典』

 

うおお…

 

御船は福来の被験者でしたが、最終的には自殺してしまったようです。

 

他の記述も加味して考えると、ただでさえ眉唾物と評された超心理学の研究を行なっていたとこに加え、被験者が自殺したことやマスメディアからの疑惑の目というのも、福来がその地位を失った遠因なように思えます(一番の要因は研究が評価されなかったということだと思いますが)…

 

ちなみに、福来は長尾郁子という女性も対象にして超心理学(透視・念写)の研究を行なっていましたが、彼女についても御船と同じ年に亡くなっています。

 

福来のその後

福来はその後、高等女学校を経て高野山大学の教授となります。

1919年に大学令が施行し、私立大学が認められるようになったので、なんとか私立大学での教職に就くことができたのですね。

 

そして福来は1952年に仙台で没しました。

彼の死後、福来心理学研究所が設立され、現在でも超心理学の研究が行われているようです。

 

www1.odn.ne.jp

 

おわりに

超心理学は現在でも心理学のメインストリームではないので、授業などでもあまりそれに触れる機会はありませんでした。

もちろん、福来についても今回初めて知ったことがたくさんあります。

歴史に「もしも」はナンセンスと言われますが、もし福来の成果が認められていれば、日本の心理学研究はどうなったのか、気になってしまいます。

 

 

これからも、勉強して気になったことをネタに記事にしていきますので、ご期待ください!

 

それでは、次回の更新をお楽しみに!👋

 

なんまんだぶ、なんまんだぶ。